昭和五十六年十二月九日 朝の御理解
御理解第五十節
「とかく、信心は地を肥やせ。常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥をせんでもひとりでに物ができるようなものぞ」
ひとりでに物が出来るという事は御神徳を受ければの話である。何十年例えば信心を頂いておりましても、確かにあらたかなおかげが受けられる教えが素晴らしい何様よりも金光教が一番だというふうに帰依するというか傾倒してまいります。そしてそれこそ改式までして、一家を挙げて親子、孫と代々続く信心を頂いておりますから、ひとりでに物が出来るというのじゃないです、ね。ひとりでに物が出来るというのは、信心して御神徳を頂かねばでけないのです。長年何十年毎日日参しとりますからと云うてお徳を受けるという事ではないということです。
昨日、ここに田中良子という先生が修行しよります。昨日お夢の中にいろいろとお知らせを頂いとる。その中に、
「あんたん所はね、お道の教師にならんくらいに家のめぐりがよそよりも大きいぞ」と云う事であった。まあいろいろとその事について頂いておる。まあ簡単に云うとそういう事を頂いとるんです。あんたん所はね、ああっちは金光様の先生、やっぱ熱心だからというような勿論熱心でなからにゃでけませんけれども、金光様の先生にでもならなければ助かりようがない程にあんたん所にゃめぐりが深いからなんだよと。
もうそれこそあちらは何とか教会でしたかね、宮野でしたかね。宮野教会にもうそれこそ代々金光教の信心を頂いて甘木の親先生あたりの御信心を頂いて今日に至って、そしてまあ合楽に御縁を頂くようになり、まあ翻然としてお道の教師を志さねばならないような所にまあ立ち至ったわけです。はぁ熱心だからこうだからじゃなくて、そういう程しに家のめぐりが深い。おかげは百年近くずうっと頂いてきておる。親子、孫代々。本当に不思議なおかげを頂き続けてきておる。
だからそういうおかげを頂き続けておるという事がひとりでに物がでける事じゃないのです。毎日例えば日参しとるからひとりでに物が出来るといったような、お取り次を頂いてお願いしておかげを受けるというだけの事です。ね、とかく信心は地を肥やせ。地を肥やすという事はどういう事なんだろう。勿論私はお徳を受けよという事なんですけれどもね、いよいよ教えがそのまま血にも肉にもね身にも家にもそれが頂き現わされるようになって初めてひとりでに物が出来るようなと、これは田中先生あたしげん大坪家を見たが一番分かるよというて話した事でした。ね、金光様の先生にでんならんくらいにあんたん所はめぐりが深いんだ。ね。ところが、だんだん私の方もまあ親子孫私、孫になるわけですが長年の信心頂いとる。確かにあらたかなおかげを頂き続けてきて、こうそれこそどういう事があっても止める事の出来ない程しに金光様と大坪家とは関わりあいがあったけれども、ならひとりでに物が出来るようにという事は私の時代になってからなんだ。
してみると私の方はあんた方よりももっともっとめぐりが深かった。大坪家というのはめぐりが深かった。それをめぐり確かにめぐりだなぁ、確かにめぐりの現れだなぁとこりゃ信心の薄かった時代でも大坪家にめぐりの深い事は感じよりましたですね。時に大坪家には足下にこうめぐりが、兎に角私の父が母が足があんなに悪かったでしょう。叔父達が何人も足をやられてちんばひきよる。というように兎に角山本の叔母がそうでした。いわゆるちんばばっかりでした。兄弟揃いますと皆ちんばなんです。兎に角やっぱりこれがめぐりと云わずにおれんねと云うて信心をそのう頂いとりますからやはりそう云うてきたんです。けれどもそんならそのめぐり、おかげは頂いてきたけれども、めぐりのお取り払いになるというような信心にはなってなかった。お道の教師にでもなって人が助かる事によって家のめぐりのお取り払いを頂いて、という事は又言葉をかえるとどういう事になるかというとめぐりが大きければ大きいほどおかげも大きい、大きいお徳も受けられるという事になるのです。
そのめぐりのお取り払いを頂く事の為の信心というのが出来ればです。もう当時の椛目で人がどんどん助かるようになって新道側から入りょったのが、新道側の方ば潰してしまうて東側の方から入るようになりました時分、丁度こう一間のこう硝子戸その一間のそこの戸を両方取ってしもうて、こりゃ母が生存中頂いた御理解ですけれども、もう象のように大きな牛を小倉の桂先生がこう鼻づるを取ってこう引き出して後から大坪一家の者がこうやって押し出しておるところをですねお夢に頂いたという事がございます。もう本当に大坪家のめぐりというのは、牛のお知らせをね家のめぐりと、蛇のおしらせ身のめぐりというふうに頂くでしょう。それこそ象のように大きな家のめぐりがあったんだと、それを云うなら桂先生がこうやって引っ張って下さった。ね、小倉の初代。それを大坪家一家の者が一生懸命こうやって押し出しておるところを頂いたと。
その頃から大坪家のめぐりの家のめぐりがお取り払いを頂けて人が助かるようになるに従って、だんだんひとりでに物がでけるようなおかげが頂けるようになったというふうに思います。ね、だから又こういうと金光様の信心を頂かなければならんくらいにあんたん所じゃめぐりが深いよと。その金光様だけじゃない合楽のような所に御神縁を頂かなければ助かりようのない程にあんたん所はめぐりが深いよともだから云えるわけです、ね。どこどこの教会でおかげ頂いとったばってんおかげ頂ききらじゃった。して合楽教会に御縁を頂いて云うならばめぐりのお取り払いを頂かなければならんというほどに合楽自身がおかげを頂いてきておりますから、合楽でなからねば助かりようがないから合楽に縁を頂いたというふうに頂いてもいいんです。ですから、そこが分かるとですいよいよなら合楽での信心を身に付けさせて頂かないと、只お取り次を頂いてあらたかなおかげを頂いとりますというだけではねいつまで経っても何代子に孫の代になってもひとりでに物が出来るようにという事になってこないね、そういう事になるでしょうが。
だから、めぐりが大きければ大きいほどおかげも頂けるしお徳も受けられるという事になりますけれども、そこの自覚というものがでけなければ本気で教えを血にしょう肉にしょうという何とはなしただおかげを頂きよるけんそれで私の、こりゃ大坪家の場合だって何十年間というおかげを頂くから只信心が続いておったという事になるのでしょうが。そこをなら合楽ではですね、もうこれは誰しもがならお徳の受けられる誰しもがめぐりのお取り払いの受けられる、そのしかも容易う楽しゅう頂ける手立てが合楽理念なんです。
昨日私は研修の時に先生方に話した事でしたけれども毎朝ここで先生方が、その日の正奉仕の先生がお取り次を頂きます。皆異口同音に申します事は、今日もどうぞ合楽理念の実験実証さして下さいという事なんです。だから、あんたどんがああしてお届けする時にね、ほんな事ね本気でね合楽理念の実験実証がでけるような取り組み方をしなけりゃできないよと、私は度々それを云いたいけれど黙っておるけれどもねあんた達は毎日お取り次頂きよる。だからほんなこつばい、ただそれが唱え言葉だけになっちゃでけんばいち云いたいけれどねと云うて話した事でした。これはなら総代さん方のお届けでもそうです。今日もどうぞ総代としての御用が出来ますようにと、まあ長々と教会全体の事のお取り次を皆さんなさいますでしょう。だからそれが毎日云うとるだけじゃでけんばい、ほんなこつ今日一日本気で総代としての御用がでけたか反省してみなけりゃいけない。だけの信心がでけたか。と反省して毎日どうぞ今日も総代としての信心の御用がでけますようにと云うておるだけじゃいかんばいと、こりゃ総代さん方にも毎日それを念を押したいような気がするとて昨日話した事です。
毎日その事を、そうじゃ願っておる事は素晴らしい言葉で云っておる事は素晴らしいからそれを本当に実験実証していかなければ値打ちがないよというわけなんです、ね。どうしてもね教えをね行じる、云うならば合楽理念の本当の意味で実験実証し、あらゆる事の中に実験実証させて頂く、ね。だからいくらお届けをしよるけれども、言葉では云よるけれどもその位な根性じゃおかげは頂かれないよと云う、まあ昨日は先生方に話した事です。この頃から中村先生が中村徹美先生が腰をたがえぎっくり腰で四、五日位休んだでしょうか。昨日はじめて出て来とりました。昨日一昨日研修の時に、家内のアツコ先生が、主人がまとめておりましたものをと云うて発表した。素晴らしい短くて素晴らしい。徹美先生がつのはいつもそうですもんね短くてなかなかまとめがこう要を得ているんです。
だから私が昨日こりゃ昨日一昨日の話。申しました。とても良かった。良かったばってんそげんとは取り上げんばいと、私が寝ながらどげなよか考えが頭に浮かんできたって目が覚めて考えたらろくなこつはなかばいち。もう本当に修行の中から生まれてくる云うなら信心でありまとめでなからなければいかんというて、私が一ぺんでこう一蹴したんです。どげなふうかとね。例えばもう便所んでん立たれれんごと便所も取ってもらうぐらいに動かれんのかとね。たとえ動かれんでも朝の御祈念にだけぐらいはほうてでも出る。研修だけは手を引かれてでも出てくる。私はその位な根性がなからねばねここでいかに合楽理念の実験実証させて下さいち云うたって実験実証のしょうがないじゃないか。まあ云うならひどい表現ですけれどもそういうふうに申しました。ね、これはね云うならば根性という事が云われますね。又研修というものは徹するもんだという事を云われますですね。
今日は腹ん痛かけんもう御無礼しょう。そすとその腹ん痛かつにかまけちしもて明くる日は起きられるてちゃまだちっと悪けりゃかまけてもうそれが三日が四日、五日になってしまうんです。信心のね、今日私が皆さんに聞いて頂くお徳を頂くという事の為にはね、そういう一つの根性がいるのです、ね。そんな事でいかになら今日も合楽理念の実験実証させて下さいと云うたって、私がそれこそ毎日それを念を押して、ほんなこつばい本気でどげなこつがあったってもそれを合楽理念によったらここはどう動かしてもらう、どうあらしてもらうのが本当かということを確かめながらいかなければ駄目ばい。お届けして只言葉に出しておるだけじゃいかんばいというわけなんです。ね、だから何にでもやっぱり根性がいります。特に稽古ごとのすべてに根性がなければ本当の稽古が出けるはずがありません。自分の都合んよかごたる、云うならばちょっとした事にかまけるような事では、それを貫くという事なんです。というて昨日一昨日ビルグイからまいりました末永先生の手紙の一節を又話した事です。
これは佐田先生に来ておる手紙です。その中に佐田先生が最近あのう光昭が布教に出てもいいというような御理解を頂いて茶粥の味が分かって、いわゆるそれに喜美奈吾をそえられるというあの御理解を頂いて、喜美奈吾を漢字で書いて、喜びの美しい、奈は奈良の奈で大きく示す我と書いて喜美奈吾とあの時御理解頂きました。自分の云うならば喜び心の、云うなら麗しの心、云うなら天地の心がだんだん身に付いてきてね、自分でも実験実証が出けてそれを奈は大きく示すと書いてある。大きく示せるような吾になった。そこから一つ、もう布教に出てもいいぞとまあ云うような御理解あった。その御理解をそのまま末永先生の所に云うてやったらしいんです。たら、その事に対して書いてるんです。佐田先生、本当に私は手紙を頂いてから家でも早速今日から茶粥に致しますという手紙であった。おかげを頂きましてお金も使うだけはおかげ頂いとります。特にお米なんかは有り余るようにお供えを頂いとると書いてあるです。ですからね、有り余るようにおかげ頂いてしかもあちらは時候が悪いですから、すぐ米に虫がつくそうです。だからたとえお米に余るお米に虫がついても茶粥に致しますと書いちゃる。ここんにきが末永先生が成る程根性だ、おかげを頂くはずだという事が分かるでしょう皆さん。もうたくさん頂きよるけんでご飯だけは、いつもふっくらっとした米の御飯を食べよります。食べにゃかえって勿体ないと思いますからというような事にかまけたら駄目なんです。ね、よしそのお米に虫がついても今日から合楽でもそういう修行がでけておられるのならば、私も今日から茶粥にしますと。たとえ頂いたそのお米に虫がついてもとあるです。今日は腹ん痛かけんで御無礼とかまけるという事が全然ないわけね。
今日は皆さん私は本当にね皆さんが本当にひとりでに物がでけるようないわゆる心を豊かに心を肥やせといつも頂きますね、泥の心でいよいよ豊かに大きくしていけというけれども、それをひとつ根本的に本当にひとりでに物がでけれるようなおかげを頂く為には、しかも子にも孫にもそれが伝わっていくような信心というのは、先ず合楽に御縁を頂かねばならない程しにめぐりが深い私、又私一家という事を私自覚しなければいけないと思う。とりわけお道の教師にでもおかげ頂こうと思うならいよいよもってどうにもしょうがない程のめぐりが深いんであんたん所はと昨日私は申しました。これは私自身が体験。大坪の家はめぐりが深かったんだ。だから本気になってめぐりのお取り払いば頂く事の為の信心修行がでけた時に、それこそ象のような大きな牛が無くなった。そして人が助かるだけではない。私の大坪一家の上にもひとりでに物がでけるようなおかげを頂けるようになったという事なんです。
ですから皆さん本当に今日もどうぞ合楽理念の実験実証さして下さいという祈り願いをしておるのが、果たして本当にどれだけどういう場合でも実験実証出来よるか、しかも根性をもって貫いておるかそれを又見よう聞きようではです、折角そげんたくさんお米ばお供え頂きござるならそりゃ虫つかせちゃかえって勿体ない。けれどもよしお米に虫がついてもやはり合楽と同じ修行さして頂くというその手紙の内容からね、成る程末永先生がおかげを頂いていくはずだなぁと云うふうに思うです。あのね、ここん所は本当に信心の稽古をするなら大切な事なんですよ。
かまけちゃならんです。そりゃおかげは頂きますよ、いくらかまけても、いくらぎっくり腰をしたけんでそれが十日も休もうがそれでとやこうという事ではないのですけれども、ならぎっくり腰を例えばしてもならほうちからでも出てくる、ずうっと起きとけとは云わん御祈念が済んだらすぐ休んでもよい、研修が済んだらすぐ休んでもええけどもここで修行しよるからにはそのくらいな根性はなからなければ駄目だよというわけです。ね、それにはねいよいよ合楽理念の実験実証の楽しさと喜ばしさというものが身に付いてきていよいよ合楽に傾倒、合楽理念の実験実証が楽しゅうなってくるというような体験が生まれてこなければ駄目ですね。
二、三日前、昨日一昨日でしたかね、天と地が一つになって喜び合うとき鶴亀が舞い遊ぶようなおかげ、そんな話が御理解の中に出ましたでしょう、その日でした。石田先生の所の奥さんがもうお話し頂き頂き御神願頂いておられる。ここに書いてきておられます。これが兎に角、優雅な大きな字でね鶴という字を頂かれたち、それが何とも云えぬ優雅な書体で鶴という字が書いてある。ここでは私が云うなら松の根方なら根方にこう大きな亀がはっておるようなものだ。松というのは九州の信心といわれるから、九州の信心桂松平先生とか、松太郎先生あたりの信心をバックにですよ云うならここに亀がどんとはっておる。そこに鶴がしかも優雅な優雅な鶴が飛んでおる。そこに初めて鶴亀の舞い遊ぶようなおかげと云う事になるのだ。ね、合楽に傾倒するんだ。
兎に角石田先生じゃないけれども合楽様合楽様ということにならなければ、云うならばそこにはね本気で教えを行ずる事にならなければそういう楽しさ有難さというものは生まれてこないと思うんです。今日も眠かつに参らんならん。こん寒かつにまいっときばかり布団に入っときたいという事になってくるんです。しるしゅうなってくるです修行がそん為にも、いよいよ合楽への傾倒ね、そして云うなら稽古の喜び楽しさというものが身に付いてくる、そこにいるものは根性だ。為には先ず合楽に御縁を頂かねばならん程に、めぐり深い私であり私一家であるという事が分かって、そこん所を、にまあ帰着しての信心、どんな場合であっても本当に例えばやれ痛や今霊験をという心になれよという心と仰るように、どういう難儀が起こっても今お取り払いを頂いとりますと、あれほどの信心をしよんなさってどうしてあげん難儀が続くだろうかといわれたのが、私が北京から帰ってからの数年間でした。次々といわゆる不幸が続きました。ね、けれどもその頃はおかげを頂いてそれをめぐりのお取り払いとしてだんだん頂けるようになってきた。
云うなら何十年間の間の信心がようやくそこに実を結ぶことになった。ね、そういう私は世界をです、ひとりでに物が出来るという事だと教えておられるというふうに思うんです。成り行きを尊び土の心でと、成る程そういう信心をさせて頂きながら、根本的にいよいよお取り払いを頂く時にです、心から根からいけないものは取り除いてしまいます為には今日は根性がいるという事を聞いて頂きましたね。どうぞ。